ブログを再開
最近多い、偶然にしてはおもろい出来事。
いろんな方との交流や参加などは多く、Facebookの友人数も一気に増えたし、
アクティブすぎて少し疲れたのか自宅ワークの時は集中ができてなかった。甲子園や世界陸上に夢中になってたようで、
囲碁も夢中で頑張ってるし、
ビールの飲む量も増えて体重がまた増えた始めた。
初めて福島の郡山にも行ったり、宮崎にも行ったし、5年ぶりに富士山も登頂した。
遊んでいる時間の比率が多かったのかも。そのときの貯金が、何かと偶然性を生み出し、広がりを持たせ、
ここ最近の出来事につながってるように感じてならないんですよね。なんと言ったら良いかは、もう少ししたら解ってくる気もするし、そのままでも良いかもやし。
もっと忙しく働きたい想いも強いけど、こういうバランス感覚で過ぎるのも
40を過ぎて次の10年に味わいを持たせてくれるような。
急に書きたくなったから、今の気分をメモする感じで、久しぶりに更新。
とうとう購入!「囲碁セット」
3ヶ月目に入り、入門レベルから初級レベルへ。

囲碁をやってみた。今年の初挑戦その2
エバンゲリオンQを観てきました。
東京は雪ですよ
「なんか寒いな~」
「やっぱり朝早いと寒いんや」
って思っていたら、ほんまに寒かったんやと納得の雪。金曜日なんで、誰か強引にでも誘って呑みに行きたいと思っていたが、
この雪では電車のダイヤもどうなるやら。とくに誰からも誘いがないようなら、早く終了して帰るほうが良いやろう。
慣れない革靴なから、滑って転ばぬように。
乗りこなし指南求む
ダイヤの乱れや、イベントの帰宅時など、本当にギューギューな満員電車を体験したことはありますが、通勤時のそれも朝の満員電車というのは、また違います。
基本的に、乗っている人は、ベテランなんでしょう。
それぞれの位置で、それぞれの身のこなし術を見つけているんです。
つい最近、ある意味、感動というか「師匠」と呼んでしまいそうな女性を見ました。
その人は、電車に乗り込む瞬間から目を閉じるんです。
流れに身をまかし、まるで海や川の流れに体をゆだねる「浮き」のように。
ヘラブナ釣り専用の「浮き」のようです。
ただ、まっすぐに立つように感覚を持ちつつ、目は閉じて、やや瞑想しているように口元も軽く閉じながら、微笑みを感じるように。
でも決して、誰かにもたれている感じではありません。
ある時のオッサンなんかは、どう見ても寄りかかっていると思える人もいましたが、この女性は違います。
自然に隙間ができて、その隙間にスポッと入り込み、ある安定感を持たせ、360度に満遍なく力が分散されているように、その場所を保ちます。
降りるその瞬間まででした。
同じ駅で乗り換えたんで、チラ見しながらちょっと観察してしまったんですが、ちょっと目指すべき乗り方を見た気がします。
更新を知る瞬間
一人の人が一日に何回も日記やブログを更新していると、その人の更新履歴しかわからんのです。
そのため、不定期にそれも久しぶりに更新をした友人なんかの情報を知らないママ過ぎ去ってしまいます。自分なんかは、一日に何回も更新している人より、本当に久しぶりに更新した友人の更新を、お知らせしてほしいもんなんですが、なんとかならんでしょうかね。
毎日のようにmixiを開きチェックすれば良いんでしょうが、以前から積極的に見ている訳でもなく、かと言って、mixiでしか最近の様子を知るのが難しい人もいて、こういう部分のシステムというかサービスをちょっと改善してもらえると、もっと利用者は頻繁に閲覧し滞在、滞留する数が増えるような気がします。
今、自分が関わる新しい仕事もシステムが優先になりすぎて、本当に利用したいと思っている方々へ貢献できていないと感じますし、実際に利用されている方々から、クレームに近いトーンで話を聞くことが続いています。
利用者優先主義で設計すると、とんでもなく結果的に不便なものになるのも想像できますが、もう少し改善スピードや改善にむけての計画なんかを積極にやろうという気風を作りたいなんて、考えてしまいます。
ひとりでは、実現できんことやし、さあ、どう企てていこうかポクポクポク・・・・・・。(一休さん風)
眠眠餃子
12個ぐらいは入ってると記憶していますが、これを焼いて食べます。
一人暮らしを始めた頃も、休日の食事メニューに困ったときはこの餃子を食べていたんです。それを東京へ引越しして近くのスーパーで探したんですが、ありません。
安い餃子でも、味の素の冷凍餃子が一番手ごろなようです。
どうりで、京都で暮らしているころに、冷凍餃子のニュースが話題になっていても、あまりピンとこなかったんです。
それは冷凍餃子を食べることが皆無に近かったからでしょう。
てっきり全国的にスーパーで売っている商品と思い込んでいたんですが、勝手な思い込みって他にいっぱいあるんでしょう。まだ気がついてないだけで。
今後、いろんな場面で遭遇するこの気づきってとても大切なことだと、なんとなく思います。
それってどういうことか、人に説明する、または自分にも説明できるところまで、考えれてないけど感覚的に、大切なんだろう感じます。
ちなみに、これも根拠はないが、納豆も関西で売っているものより、こちらで販売しているものの方が、ニオイが強い気がします。
砧公園で思うこと
最初「砧」という漢字を読めなくて勝手に「はまぐり」と読んでましたが、正解は「きぬた」。
歩いて2~3分で到着するこの公園は、とても良い雰囲気です。
大きな木もたくさんありますから、歴史もある公園なんやと思います。
大きな芝生の広場や、サイクリングコースもあり、サッカー場や野球場、ちょっとしたアスレチックなんかもあります。
ちゃんとしてるな~っと思ったんが、スケボーやインラインスケートを楽しむスペースも用意されていることです。
訪れた時は使っている人はいなかったんですが、こんな緑豊かな公園で、トコトンできるスペースを確保していると、駅前とかで、禁止の札を出しても納得。ベンチや階段を破壊するぐらいなら、こっちのほうが楽しそうです。
ご近所さんの多くの方が活用してるんだと思いますが、休日の天気良い日に散歩やジョギングには快適な公園で、あまり期待もせずに訪れた公園でしたが、自分もなんかジョギングでもしようかと思わすぐらいの公園。
こう思うと環境とは大切です。
心構えも自然に変わっていきます。
金曜日に、違う部署のマネージャーと、ちょっと意見交換する場があったんですが、月々の目標数値というのに、どういう理由というか積み上げがあって出た数字なのかを確認しにいったんです。
3週間たって、この数字というのは目標設定するには、根拠がなさすぎる。
しかし返ってきた言葉は二つ。
「文化だから」
「がんばれと言う事です」
入ったばかりの社員に「文化」という言葉は、水戸黄門の印籠に近いもんで、問答無用と同じ。
これでは説明にならんのです。
「がんばれ」というのは気持ちの問題で、数字ではないんですよね。
理論武装では太刀打ちできない社内環境なんやろうか?
もう少し様子を見てから行動しよう。
って公園を散歩して考えてしまった。



