話しの流れで自分で発言した言葉に、改めて自分で気がついたことがありました。話をしたいけど、話ができない。知識がない。だから、
質問したいけど、質問ができない。どう聞いて良いかわからない。これを受け取り方が変わると、違った意味を持ってしまうんですよね。
それは、「よく聞かれる質問」という意味になってしまう。
聞く質問がほとんど同じなんですね。
他の大学との違い、特徴をたくさん伝えたい。
だけど、保護者や学生は、いつも気にしている点、質問することは決まっている。
と入試広報や先生は思っているんです。
自分自身も、そうだと思っていました。
保護者や高校生が一番気にするとこは、実際、いろいろ伝えても決まっている。と。
でも、違う気がしたんですよね。
いざ、自分が専門家、教授と呼ばれる方々に、学問分野についての特徴を聞こうとしたときに、
本当に事前に調べて理解を少しでもしてないと「聞くこと」ができない。
仕事としては、事前に調べておくというのは当然ではあるけど、
はたして、高校生や保護者の方々が、そこまでをするんやろうか。
していたなら、質問しなくても良いのでは。
そう。保護者の方や高校生からすると、そこを教えてほしいけど、聞くことができない。
だから、今ある知識の中で他の大学と比較検討できるポイントを聞くことしかできない。
それが、入試制度や、お金や、資格や、卒業後の進路といった点になってしまう。
そういう点しか、大学のスタッフや教授といった方々に聞くことができない。
受け取り手は、それを、良くある質問として考えてしまう。
本来の伝えたいポイントではないけども。
そして、高校生からすると、自分の夢や、やりたいが明確な場合は、そこ近づく道筋を聞くでしょう。
でも、それが明確でない場合は、どうなんやろう。
そうすると、さらに聞きたい、または聞かないいけないという思いはあっても、聞けない。
実際、教授と呼ばれる先生方も、募集広報という学問分野と違うジャンルで話しをすると、チンプンカンプンな話になる先生もいるぐらいだから、学生や保護者からすると、これから学ぼうという専門領域について、質問して解答を聞いても、チンプンカンプンになるでしょう。
そこを、どうフォローするのか。
これを踏まえて、取り組む内容について関係者が計画を立てることができれば、
きっと、この大学は成長するんだろうと考えてしまいました。
担当を離れるのが残念。
いつかきっと違った形で関わることができれば幸いだ。