気軽な話

会話の「問い」と「意見」

人との会話に、根拠のない意見を持ちだしてしまうことがある。
その時には、説明できないが過去の経験や知識や直感から。これって、どう説明したら良いのかなぁ~。って良く考える。

そこに、一般論などを持ちだされても、スッキリしないのである。
当然、会話中でのことなのですぐに説明する必要はあるのだが、
会話の中から生まれた新しい意見なので、言わずに消化するのも難しい。

以前から考えていたことでもないのだ。

会話相手の意見や考え方に、新しい発見というか気づきがあり、
今までは考えもしなかったり、思いもしなかった意見が生まれる。

こんな時は本当に困る。
取り繕うとすると、ウソっぽいし。

仕事の場面で、自分の企画提案するときも同じで、
それは自分の分析や思考が浅いということなのかと良く考えている日々。

そんなときは、自分に「問い」を立てるようにしているが、なんか気がめいってしまう。
人との会話って、こんなにも難しいことやったんやろうか?う~~ん。

朝の10分

目覚めは良い方だと自負していたが、冬の朝は起きるのが大変。

特に、抜け出すには自分の体温に絶妙に調整できた布団の中は、強力な力がある。
そうすると、「あと10分」がやめられない。止まらない。

そんなことを最近感じていたら、世間には同じことを考える人がいるのだろう。
関東でしか見ることができなかったフリーペーパー「R25」
掲載された記事がWEBで読めるように最近なったらしい。
そこにも、二度寝についてのコラムが記載されていた。
→「R25」WEBサイト
→R25に掲載されている二度寝のコラム

さらに、以前から「ほぼ日」の中でも眠りについての連載もある。
→「ほぼ日」の睡眠についての連載

以前見たあるテレビ番組では、企業家の人が朝5時に起きて、
本を速読術で、一冊読んで、数社の新聞に目を通し会社に出勤していた。

脳研究で有名な茂木さんも、朝はパッと見はバタバタワラワラしているが、
朝から、メールや論文を作ったり読んだりし出勤していた。

やはり、できる人は朝が違うのやろうか。
そんなのを知っているものの、朝はムニャムニャしてしまう自分。

結婚しました

忙しい時期も重なって、今年もどんどん過ぎている。
冬も終わりを告げようという「雨水」がすぎて、久しぶりの更新。少しの間は、更新をしようと思って行動していたが、難しいもんだ。
どうこうしている間に、一部の人にしかメールで伝えてないが、
先月、1月22日に入籍。そう!「一番の夫婦」の日である。

指輪もようやく違和感がなくなってきた。

昨年のスタートは失望・挫折などネガティブオーラでスタートしたが、
今年は課題も沢山あるが前向きに物事を進めることができるスタートとなった。

一昨年のことを思うと、仕事もふくめ楽しることに感謝。
友人・知人・先輩・後輩・仲間に感謝。
そして、
マイナスマインドからプラスマインドへV字転換できるキッカケをくれた彼女に感謝。

さあ!冬も終わり気温と一緒に上昇志向なのだ。

遅くなりましたが、今年もこれからも引き続き、よろしくお願いします。

なぜか100以上

更新をストップさせて一か月も過ぎてしまった。
書くということを自分に課していたけど、なんともお恥ずかしい。それを考えるとほぼ日の糸井さんなど、毎日、何かを書くというのはスゴイことだ。
そのモチベーションってなんやろう。
習慣のようで、書かないとスッキリしない。
とか、責任感からなのか。
それとも、読んでいる人がいるという実感からなのか。

ちょっと前に、アイドルの若槻千夏が「ちょっと更新を休む」と書いて引退ではないかというふうに騒がれていたが、気分的に続かないというのもわかる気もする。

毎日続けている人もそんな日があったろうに。

なんとなく久し振りにアクセス状況を見たら、
なぜひか11月10日に100オーバーのアクセス数になっている。
更新もしていないのに、びっくり。

何が影響したのか?

検索条件を調べてみると
「たばこのポイ捨て」で調べた人がいたようで、それでアクセスが多くなっていた。
落選した大阪元市長の関氏が以前の選挙で再選したことについて
書いたとき以来の検索でのアクセス数。

検索をして読んだ人は、大したことは書いてなかったと思うだろうが、
それはそれで、100も誰かが来たのか!
と思うと、うれしいようで、うれしくないようで、
ブログというのは不思議なもんだとあらためて実感した。

ということで、久し振りに意味なく更新。

たばこのポイ捨て

大阪の御堂筋で、たばこのポイ捨禁止条例、千円の罰金。

たしかに、吸わないものからは関係ない罰金制度。
道を歩いていて、腕やカバンに当たる時があるし、
煙が出ている状態で捨てられているものもあるから、
被害を受けたことがある者としては、少しでも良くなるなら
大切な条例やなー、と思うんやけど。。。

喫煙所や、灰皿が置いてある場所なら問題ないと思うし、
そういう場所を設置してるんやろうか。

ちゃんと広報して認知してもらえてるんやろうか。
看板を立てました。
ぐらいではNG。
御堂筋沿いの会社などにもちゃんと広報しないだめやと思う。

そう思うと、大阪市の条例は非常識。
道路とくに横断歩道のところに灰皿が置いてあるし、
さらに罰金で徴収したお金はどうするのか?
御堂筋の美化にちゃんと使用されるんやろうか?

そのへんをちゃんとしないから、協力も理解も得られない。

でも、そもそもは、吸う人のマナー。

自宅マンションのエレベーターでも、吸いがらを捨てる住人がいる。
たぶん4階の奴。
たまに、煙がでていたであろう状態で捨てていることもある。
管理会社に言っても解決しそうにない。
ほんとうに、何かあったら大変やのに。。。

思わず歌ってしまう

別に声に出すわけではないけど、

特定の場面や、心情のときに、口ずさむ歌がある。

るーるーるるるー

「夜明けのスキャット」
やったと思うけど、
そこだけリフレイン。

ふー。

毎日の習慣

電車に乗っていると、いつも同じ動きをとる人がいるけど、
それは意識してなのか、無意識なのか。思わず見てしまっている自分も、同じ動きしてるんやろうなー。
と考えてしまった。

同じ時間の電車に乗るときの朝の行動パターンは無意識に、
同じ段取り、同じタイミングでやっている自分もいる。

それが安心なのか、失敗がないのか、効率がよいのか。

確かに、何も考えずにいつも通りの動きで、準備をし出発すると、
忘れ物もないし、安心感というか自信というか不安な要素がなく心地よく出発できる。

急にオナカの調子が悪くなったり、寝癖が治らなかったりしたら、
予定が狂って、うまくいかない。

どんな状況でも、いつもと同じ動きができるようにすることが、
調子を維持することだと思っている。
とイチローが何かのインタビューで言っていた。
同じ年でありながら、スゴイやつだ。

ただ、その電車に乗っている人は同じタイミングで目をこすり、鼻をほじる。
そして、寝る。
降りる駅が近づくと早めに席を立ち、ドアの前に立って降りるスタンバイをする。

デジャブーを見たような決まった一連の動き。お見事なのだ。
イチローに言わせれば、調子をいつも同じ状態で維持する方法なのかもしれない。

これを熱心だと思うのだろうか

6年すんだボロアパートから引越しを予定しているんやけど、
引越し業者の対応に驚き。最近は便利で、一括で見積もりを依頼できるサイトがある。
うまい商売だ。
いわゆるシステムだけで商売が成立している。

しかし、そのサイトととの契約に違反している業者はあるようだ。
それを仕事熱心。商売熱心と言えるかは微妙。

見積もりのとき、電話番号の登録は必。
しかし、連絡はメール限定で依頼した。
仕事がらケイタイが平日の昼間になるのは困るからやけど。

大手のア●さんマークは、まったくのルール無視である。
評判は良いのだろうが、ルールを守っている業者に対して、
大手だからと堂々とルール無視はいかがか!

毎日のように電話がなっている。メールも毎日である。
これは仕事熱心ということなのか。
ネットビジネスでレスポンスの速さは大切な要素であるが、
コミュニケーションの視点では、こちらのお願いに対して無視するのはNG。

見積もりの概算だけでも教えてくれたら良いのに、
「お話をうかがってから」
の一点張りである。

そんだけ言うのだから、お得でステキなのだろう。

それにしても連日の昼間にくる電話連絡は非常識だ。

インデアンサマー

朝晩は少し涼しくなったが、
日中は、それでもやはり暑い。汗だく。カナダで生活していたとき、夏の終わりに一週間ぐらい暑い日が続く。
それを「インデアンサマー」という。
と教えてもらった。

それが終わると、短い秋があっというまに終了し、雪が降る。

地球温暖化といういうものの、いつかは寒くなるのだろうが、
今年の秋はあっという間に終わるんやろうか。

慣れるというのは、大事なことかも

葬儀屋さんはテキパキと仕度し、進行し、片付けます。
火葬場の方は、たんたんと説明し、進行します。プロとは、何気なくたんたんとすることなのかも。
一喜一憂するレベルではアマチュアなのかも。

なんとも言えない状況で、遺体のドライアイスを取り除いたり、
焼き終わった骨を持って、
「こちらが喉仏です。合掌しているように見えます」
と説明してくれます。

プロです。

自分は、御棺に花を置くときに現実を目の当たりに泣いてしまった。
遺骨を見たときも、直視することができなかった。

しかし、意外なところにプロがいた。
我が弟。

彼は、遺骨をみて、
「健康的な骨格で、老人にしては足腰がしっかりしている」
「この大腿骨は、立派だ」
と解説しはじめた。
「ここに空洞があるのは、骨髄で血液を作っている場所」
などなど。

そう彼は、鍼灸師で整体士。プロスポーツ選手のトレーナーもする
身体ケアのプロ。

恐るべし弟。

火葬場の職員の方も骨を持ちながら、「そうですね」と相づち。
その場にいる全員が悲しみ一転、彼の発言で、
祖父が健康だったというプラスな思考となり安堵感に変り、
最後は、不思議な一体感となり骨を眺めるひと時に。

何をするにも、中途半端ではダメなのです。やるならプロですね。