あっという間に一日が過ぎたけど、
そういう日だったんだと、今日思った。
世界中から国を代表して広島原爆の日のイベントに参加しているが、
そこにアメリカは出席していなかった。
責任がどう?とかいう訳ではないが、それはどうなんやろ。
ニュースによると核兵器を持っている国で参加したのは、
ロシアだけらしい。
その日を忘れてしまうような自分みたいな日本人が増えているから、
とくに大きなニュースにもならないんかも。
う~~ん。
あっという間に一日が過ぎたけど、
そういう日だったんだと、今日思った。
世界中から国を代表して広島原爆の日のイベントに参加しているが、
そこにアメリカは出席していなかった。
責任がどう?とかいう訳ではないが、それはどうなんやろ。
ニュースによると核兵器を持っている国で参加したのは、
ロシアだけらしい。
その日を忘れてしまうような自分みたいな日本人が増えているから、
とくに大きなニュースにもならないんかも。
う~~ん。
夏の暑い日に中学時代の部活で試合中、
グランドでバテバテで、うな垂れていた時、
先生から飛んできた言葉を思い出した。
当時は、「うっさい!」と心の中で、反抗を力にかえて走ったが、
今、思い出すと力強い心に響く言葉だと実感する。
いつの日からかできなくなっていた、こんな事。
またあらためて、やりたいと思う。
『しんどい』なんて感じなくても、
ときどき上を向くとキモチが良いもんだ。
スカッとする今日の空。明日もなんか楽しみだ。
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2007年07月27日 10:43
【7月27日 AFP】オスカー(Oscar)はまだあどけなさが残る生後2歳のネコだ。オスカーが生活している米国ロード・アイランド(Rhode Island)の老人介護施設では、このネコが「死の天使」と……
≫続きを読む |
こんなことってあるんやね。
不思議です。
どこまで真実かはわからんが、
このネコがそばに来たとき、何を思うんやろう。
ブログと同様に飛行機シリーズ。
日本からオーストラリアへ向かう途中の朝日の写真です。
あれから一年ということで、
夕日より、
すべての始まりということで朝日のほうが良いという彼女のアドバイスに納得し、
早速、変更してみました。
オーストラリアに行ったのが、11月なので、あっという間。
オーストラリアに行けたのも昨年の夏の出来事があったからやし、ありがたいことです。
去年のこの時期のことは半分以上は何をしていたか、思い出せません。
しかし、何をやろうとしていたかは覚えているし、
できなかった事実と悔やみ、悲しみなど複雑な思いだけが、
今でもココロに残っている。
そのときの事を、ようやく受け入れる事ができたし、
今後のことを考えることができ、
他人のように客観的に見ることができる自分もいる。
多くのお世話になった方々に、あらためてお礼を言いたい。
今の自分がいるのは、本当にラッキーなことで、「ありがとう」
何もできなかった去年の夏。ある意味、人生で岐路となる夏だった。
そして今年の夏も去年と違ったカタチで人生で思い出になる夏になりそうだ。
そして「なるほど!」となる。
アタマの中にムニャムニャしていた部分が、完全ではないが、スッキリする感じ。
あまり強くない磁石がくっ付いたような。
そして、これも時々読んでは「ハ!」とする「おとなの小論文」という山田ズーニーさんのコラムで今日「ハ!」っとしたのである。
そして、そこからリンクもしている「おとなの進路相談」もすべてを読んだ訳ではないが、
魅力あるコンテンツに「ハ!」となる。
それはタイミング。
違うときに読んでも、それは経験しない気がする。
過去に書かれたものを、気が向くままに開いたページに、そのフレーズが響く。
解釈は人それぞれだろうが、考えるとまではいかないが、想いが駆け巡る。
ようやく、落ち着いた時間に休憩がてら開いたページに、
こらからのヒントを感じた梅雨明けの午後だった。
「暑い~~!」と唸りながらも笑顔がでてしまうのだ。
そして汚い話だが、週末に干すことができない布団を1時間でも干したい。
汗と湿気で、シーツを張り替えたぐらいではスッキリしないのだ。
干しすぎると熱々で寝れないが、ふんわり感が恋しいのだ。
夕立が来ないと確信できたら、干してから出勤するのに。
そんなことを考えていたら、夜中の通販番組でこんな布団を紹介していた。
微妙やな~~と感じながらも、ちょっと気になる。
今日は、「白菜と豆腐のたいたん・鯖の煮付け」の定食。
そこに「とろろご飯」と「梅干」「切り干し大根」「味噌汁」である。
となりに座った重役クラスの人であろう、
かなり年配(おじいさんと言っても良いかも)のかたが、
水炊きっぽい定食を食べていた。かなり消化によさそうだ。
と思った瞬間に、咳き込み始めた。
はじめは喉に詰まったぐらいの咳かと思ったが、ず~~っと続いているのである。
店員はほったらかし。
カウンターごしの板長さんらしき人だけが手を動かしながら、
「おしぼり」「お茶」
など店員に指示を出して、心配そうである。
居てもたってもおれず、たまらず、背中をさすった。
ほんまに苦しそう。
涙を浮かべた眼差しに、精一杯の笑顔で俺に「ありがとう、すんませんなー」と
言った瞬間に、もっと苦しそうに咳き込む。
「大丈夫ですか」
そのままトイレに行き、こちらの食事が終わるときにようやく戻ってきた。
おじさんの話では、胃が無いので、たまに慌てて食べると詰まるらしい。
想像するに、熱かったんやろうな。
だとしても、これからの高齢化社会。
このような状況に遭遇することが多くなるかもしれないと思うと、
どう対処したらよいか、知っておくのも必要なのかも。
それにともなって、手紙というものの価値観も変わってきたような気がする。
それは、重みというか、貴重なこと、手間感もあって大切なことを伝えるには、
手紙が良いと感じるようになってきた。
仕事でも書面に落とすと、書いた人の責任がますのと同じ。
先日、事情があって借りていて返すことができず、
ずっと「申し訳ない」気持ちでいた本を返すことができた。
そのとき、本と一緒に手紙を同封した。
久しぶりに、ちゃんとした手紙を書こうと思って、
忘れていたマナーをネットで確認して書いた。
思いのほか「申し訳ない」度数が高く伝わったようで、逆に恐縮されたのだ。
結果的には、自分の反省とお詫び、お礼を書いた手紙。
メールとはまたひと味違って思いを伝えることができて、
あらためてアナログな手紙のやりとりも、良いものだと実感した今回。
そして、切手を張るのも良いものだ。
手紙と一緒に、切手も久しぶりに購入するとデザインも凝っていて楽しいものだと
あらためて認識。
海外旅行したときは必ず手紙を書くようにしているが
国によっては、シールになっているものなどもある。
と思ってネットを旅すると、こんなサイトを発見。
切手をとおして、また違った意味で手紙を書いてみたくなった最近である。